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第六話 学びの共有
「さて、ここでちょっと止めてこの局の学びを共有しようか」とスグルが言う。佐藤スグルは立会人兼顧問だ、それを提案する権利がある。
「まず、この局。カオリちゃんが凄かった。3巡目に捨てた六萬。これはなかなか切れないものだ。ユウの1巡目が九萬でありながら2巡目には西が出たことから六萬を持っていそうだと予想したんだよね?」
手牌に六九西とあれば七八をケアしている牌が六と九で被っているので字牌より先に九から打ち出すのが攻守において効率的な手順である。
「はい、その通りです」
カオリは驚いた。あんな誰も見てくれないであろう一打をしっかり思考まで理解してくれているなんて。と。
(さすが…… これが、仕事で麻雀をやる人間ということなのかな)
「なので、チートイツ本線の手がきたカオリちゃんは薄い上にど真ん中の六萬なんかいらないなと嫌う。それが幸いして残した牌は重なりチートイツテンパイ。1枚切れの西かまあまあ良さげな⑨筒の選択だけど、それなら1枚切れオタ風単騎にした方がアガりやすいだろうと⑨切ってリーチ。見事な手順でした、しかし……」
そう、しかし…… だ。その手順は嵌められていた。
「しかし、それを見こしていたのがアンナちゃんでしたね。序盤のど真ん中牌切りやリャンメンターツ落としを見て読んだわけだ。チートイツかチャンタか一色か単純に材料豊富で余ったか、決定は出来ないけど高確率で字牌を重宝してる手が入ってそうだと察して、西がもう無いという情報をタンヤオを犠牲にしてでもひた隠しにした。これが凄い!」
「えへへー。この手は高打点確定の手でしたから不確定なイーハンくらい戦略のためなら下げてもいいし、捨て牌読みならテーブルゲーム研究部の私にはお手のものですゥ。将棋の読みと違ってその先その先って考えなきゃいけないやつじゃないしね。麻雀は私の性格に合ってるのかも!」
その後、東2局以降特筆すべき手順はなく、初めてのゲームは竹田アンナのトップで終了した。驚くべきは、スグルが見る限り誰も手順ミスをしていない。
スグルは彼女たちに麻雀を教えるつもりでいたがそれはとんでもない思い違いであった。既に4人は基礎は学び終えていて、むしろ自分が教えてもらうことが多そうだと、この半荘1回で痛感していたのだった。
185.ここまでのあらすじ 様々な仲間からの支援を受けて夢実現へと進む麻雀女子たち。カオリたちはどんどん成長する。そして今、初タイトル獲得を目指してカオリが師団名人戦に挑戦する――【登場人物紹介】財前香織ざいぜんかおり通称カオリ主人公。女子大生プロ雀士。所属リーグはC2。女流リーグはA所属。読書家で書くのも好き。クールな雰囲気とは裏腹に内面は熱く燃える。柔軟な思考を持ち不思議なことにも動じない器の大きな少女。その右手には神の力を宿す。日本プロ麻雀師団順位戦C3リーグ繰り上げ1位財前真実ざいぜんまなみ通称マナミ主人公の義理の姉。麻雀部部長。攻撃主体の麻雀をする感覚派。ラーメンが大好き。妹と一緒に女子大生プロ雀士となる。神に見守られている。C2リーグ所属。女流リーグA。第36期新人王戦3位第5期女流Bリーグ優勝第30回雀聖位戦優勝佐藤優さとうゆう通称ユウ兄の影響で麻雀にハマったお兄ちゃんっ子。誘導するような罠作りに長けている。麻雀教室の講師をしつつ大学に通う、アンたちの頼れるリーダー。第1回UUCコーヒー杯優勝第30回雀聖位戦準優勝竹田杏奈たけだあんな通称アンテーブルゲーム研究部に所属していた香織の学校の後輩。佐藤優の相棒で、一緒に麻雀教室をやるという夢をついに叶えた。駅前喫茶店『グリーン』で給仕の仕事もする。佐藤卓さとうすぐる通称スグル佐藤優の兄。『
184.第十伍話 心の中まで詠む 今日はついに師団名人戦プロ予選。財前姉妹はそこそこの実績こそあるが予選一回戦からの出場だ。まあ、普通はそういうものでありシード権のある新人なんてそうはいない。新人でありながら本戦からの出場になっているミサトは特別凄いのである。「じゃあ、お互い頑張ろうね」「一回戦からコケないようにね!」「マナミこそ。つまらないミスしないでよ」 そう言うと2人はお互いの拳と拳をコン! と突き当てて一回戦の卓へと移動した。(麻雀プロを1年以上やってカオリにもこういう体育会系のノリがやっとわかってきた。プロ雀士には体育会系が割といる)一回戦 対面の人は後ろが通路なのでちょっとだけギャラリーを背負っていた。見やすい位置だからというだけの理由だろうが、その対面さんはプロ1年生のようで見られることに慣れていないようだった。そして3副露して手牌を上下整えるとピシッと手前に寄せる。そこまでは普通だけど、その寄せた手牌を卓の手前位置から一向に戻そうとしない。それを見て私はピンとくる。(ははあ、対面さんはカン二萬かペン三萬待ちね)と。《どうしてそうなるんですか?》(これはね、ハートが弱い人にしか分からない心理よ。見られてる時にね愚形だと恥ずかしいの。だからさっき上下を入れ替えたのは整えたんじゃなくてむしろ逆にしたんだと思う。カン二萬待ちかペン三萬待ちだとしてそれって牌を逆さまにして卓の端に付けちゃえば段差があるからペンチャンかカンチャンかシャボかリャンメンか分からないの。つまり、後ろで見てる人がいるから3副露もして愚形ってのが見られたくないんだよ)《はあ、なるほど。その読み当たってそうですね。捨て牌的にも萬子の下がありそうな感じですし。心の中まで読んだわけですか》(絶対この読みで当たりだと思う) そして、その読みがあるのでカオリは手牌を二二三のままキープしていた。するとツモ二!
183.第十四話 気にしない《私、思ってたことがあるんですけど》(なに?)《テンパイ時気合い込めないってかなり難易度高くないですか?》(まー、慣れだけど。確かにそうなのよね。どーしても微量に漏れたオーラで『伍萬』を引き寄せちゃう時あるわ)《捻じ曲げて作る伍萬待ちテンパイとかは関心しませんけど、普通にやって伍萬待ちの場合はオーラ使えばいいんじゃないでしょうか。それが自然なんですし。結局、それでも相手の手にあれば引いて来れないわけですから》(うーん、それでいいのかな……)《そういう能力があるのはカオリが望んだものではなくて勝手に身についたものなんですからそこまで気にしないでいいと思います。中には選択ミスしそうになると電流で教えてもらってる人もいたわけですし(マナミ)超能力者はカオリだけってわけじゃないんですから…… きっと気付かないだけで世の中には色々な能力者がいるはずですよ》(そうかな…… じゃあ自然と伍萬待ちになった時だけオーラツモ解放しようかな……)《そうしましょうよ。34種136牌のうちのたった1種4牌だけにしか反応しない出番の限定された能力ですから。そこまで気にしなくてもいいじゃないですか》(それもそうか) その日からカオリは自然と伍萬待ちの時は遠慮なくオーラで伍萬を引くことにした。と言っても、それのために気合いを込めてというわけではなくあくまでも自然体で。意図してオーラを抑えていた今までの方が不自然であるという考えで、自分の自然な状態で、仕事でもプロリーグでもオーラを『気にしない』ことにしたのであった。 来週はついに師団名人戦プロ予選。◆◇◆◇ その頃、財前真実は失った能力を補うつもりでカオリの部屋にある麻雀戦術本
182.第十三話 人気投票 師団名人戦の一般予選が終了し、プロ予選の時期が近づいてきた。予選通過は一般よりは難しくないが、しかし結局のところ優勝は1人だけ、予選通過率がどうとか何回戦まで残れたとかは何の意味もない。No. 1になることだけがプロたちの目的なのだから。 師団名人戦にはシード枠があり新人王のミサトは既に本戦一回戦からのシード権がある。 「いーなー。ミサトはシード権かあ」「カオリもリーグ戦首位昇級だから首位シードあるんじゃないの?」「無いわ。私のは繰り上げ首位だからね」「えー、ケチなの。じゃあ2人とも頑張って。私は本戦で待ってるわね」「「うん!」」そう元気よく返事をすると財前姉妹は師団名人戦プロ予選へと出場登録をした。 プロ予選は2週間後――◆◇◆◇ その頃、左田純子は『月刊マージャン部』の創刊号を作ることに専念していた。あまりにもやる事が多いので今回の師団名人戦は悩んだ末に不参加とした。去年雀聖位だった左田には本戦一回戦シードがあるので今年はチャンスではある。しかし時間がないのだ! この不参加は競技麻雀に誰よりも熱い左田にはそれはそれは苦渋の決断だった。(今は長年の夢だった自分の雑誌を完成させることが最優先! 師団名人戦はまた来年もあるし。今年はせっかくの本戦一回戦シードだけど、我慢しよう)と思っていたのだが……。『現代麻雀』という雑誌で毎年行われるプロ雀士人気投票で上位の男性プロと女性プロ2名ずつの計4名が本戦三回戦からのシードとなるアンケートがあるのだが(1人につき1回だけの投票権。1位2位3位の順で3p2p1pが投票される。自身への投票も可能)今売り出し中の白山シオリ女王位の人気を追い越して左田純子が女流人気1位となった! その人気はやはりあの雀聖位戦決勝戦の最終局。ツモで一撃決着にこだわって見逃しをかけていたあの勇姿に感動したという声が多かった。「この私が…… 人気投票1位……? 何かの間違いじゃない? 私もう50代のおばさんよ?? シオリちゃんより人気があるなんて信じられない……」と現代麻雀のアンケート担当者と話す左田。「間違いじゃありません。みんな左田プロの麻雀に勇気をもらったんですよ。結果は優勝を逃していても素晴らしい内容だったこと、観てた人は全員分かってるんです。かくいう私も左田プロに1票入れた一人ですし
181.第十二話 悔しがる資格 飯田雪(いいだゆき)が師団名人戦の一般予選を再チャレンジしている頃。倉住祥子(くらずみしょうこ)と浅野間聡子(あさのまさとこ)は麻雀戦術本を読んで勉強をしていた。 部室にはたくさんの戦術本が置いてある。スグルのものもあるが、カオリが持ち込んだものも多い。持ち込まれた大量の麻雀本に優勝カップや盾。そして座卓。スグルの部屋は今となっては完全に麻雀部部室に仕上がっていた。「アンタたちどーしたの。珍しく本読んで勉強なんてしちゃって」とユウが訝しむ。「いや、なんかアンと私たちじゃかなりの腕の差があるって知ったから…… 鍛えたいなって」「へえ、悔しいんだ?」「悔しいって言うか。悔しがる資格すらないって言うかね…… ウチらはミサトさんみたいにストイックでもないし部長みたいに熱心でもない。カオリさんみたいな真剣さもない。ユウさんやアンほどの天賦の才もない。それなら負けて当たり前でしょ。予選通過出来なかったからって悔しがる資格…… まだ持ってない。だから、資格の取得から始めようと思うの」「私達も、悔しがりたい。せめて、負けたこと悔しいと思う権利くらい欲しい。あのミサトさんですら…… この前フリーで負けた時に『ついてなかったですね』って言ったら『いや、まだ鍛錬が足りなかっただけよ。ついてないとか言って終わりにする程わたしはまだ強くない』とかって言うんだもん。それを、私達ごときが…… 不ヅキを嘆いてたら、もうバカじゃん」「へえ、2人とも成長したねぇ。私は嬉しいよ」 ショウコとサトコはそこまで麻雀に熱中してる方ではない(あくまで麻雀部の中ではだが)しかし、2人とも一生麻雀には関わっていたいと思っているくらいには麻雀が好きだった。だからせめて悔しいと思いたい。負けを、悔しいと思う権利くらいは欲しい。そんなことを言って休日を丸一日費やして座学をする2人はもう充分麻雀に真剣だし。真
180.第十一話 受けの専門家 アンが予選通過を決めている頃、ヤチヨとヒロコとナツミは佐藤家で三人麻雀をしていた。ユウは遠目にナツミの麻雀を眺めながら麻雀教室の資料作りをしている。オーラス東家 ヒロコ40600点南家 ヤチヨ39000点西家 ナツミ25400点ナツミ手牌 切り番22335557東東北北中中 ドラ西(へぇ…。北を抜かずにメンホンチートイにしちゃった。でも待ちが悪いわね。ドラでも引ければ良かったんだけど、どうするのかしら)打5ダマ ナツミの選択はダマだった。とりあえず手替わり待ちで。7索が偶然出たならロンして二着という考えである。すると…2巡後ツモ7なんと仮テンの7索を自力で引いてしまった。(あちゃー! ナツミどうするのこれ。ツモってもラスのままじゃない※)※今回の三人麻雀はツモ損のルールを採用しており跳満のツモアガリは9000点となる。3000.6000なので子は12000点差、親とは15000点差縮むが今回は子と13600点差、親とは15200点差あるので跳満ツモはひとつも逆転にならない。「ぺー」 なんとナツミはそのタイミングで北抜き!(そうか! これで北を2枚抜いてしまって待ちを変えて打点も上昇させるのね!) そう思った。しかし。「リーチ」(えっ!)ナツミ手牌